2015年02月24日 00:18

子どもに読解力をつけるためのひと工夫

 子どもの「読解力がない」最大の原因は、文章が日本語で書かれていることですね。

 日本で生まれ育った日本人だから、特に努力しなくても日本語ができているはずだと、多くの人が思いこんでいます。

 だから、字面を眺めて「読む」だけで、分からない言葉があろうが、何を言っているかピンと来なかろうが「読めた」と思ってしまっている。

 「読解力がない」とは、こうした習慣の積み重ねです。教科書や問題集の文章の文字をただ追うだけで、分からない言葉を調べることもせず、何を言っているのか自分の想像力に引きつけて考えることもしてこないから、読めなくなるわけです。

 中学・高校と進んで、大学入試まで来ると、日本語で書いてあるのに何を言っているのかさっぱり分からないというところにまで行き着いてしまいます。

 「うちの子どもは読解力がないから、読解力をつけてくれ」というご依頼をよく承ります。

 当然そのために私はお子様方のために全力で指導をしているわけですが、上の通り、「読解力がない」というのは、「面倒くさい」、「考えたくない」という究極の心のなまけに原因がありますから、それを直せということになると、それこそ「人間を変える」並みのエネルギーと時間が必要になります。

 小学生高学年・中学生ともなると矯正は一筋縄ではいきません。なにしろ、「面倒くさい」・「考えたくない」という心のなまけた状態を当たり前だと思って10年以上過ごしているわけですから。「文章を見ても何も考えない」という状態がおかしいんだよということに気付かせるだけでも、膨大な時間と労力が必要になってしまいます。

 早期教育というと、なんだかオカルトなものやマニアックなものがはやるご時世ですが、心ある親としては、子どもには読むもの、聞くものについて、何を言っているのか本人の頭で考えさせ、それを自分の言葉などで表現させる働きかけは、小学生低学年のうちからしっかりと行いたいものです。

 写真は、私の娘の小学校の音読課題です。小学1年生の課題なのですが、中学生用の問題集でも出てくるような俳句をまるごと読ませるという、大変意欲的なもので、素晴らしい取り組みであると思います。

 ただ、音読によって読解力を伸ばすことは困難であることは指摘しておきたいと思います。音読課題は、最近では多くの小学校で実施されていることで、それ自体素晴らしいものだと考えておりますが、それだけで読解力をつけることになるかというと、それは難しいことは理解していただきたいです。

 さて、そこでひと工夫です。先ほどの写真の文章の合間に、鉛筆による落書きのようなものがあります。これは、私と娘が、それぞれの俳句の情景を描いてみたものです。

 明日学校に持って行って、先生に怒られるかもしれませんが^^;、狙いは、もちろん、文章で書かれていることを考えて、自分で表現させることにあります。

 絵に描かせることでしたら、ことばで説明させるにはヴォキャブラリーが少ない児童にとっても、楽しみながら、それでいて本質的なところを押さえたうえで取り組むことができるのではないでしょうか。

 ただし、思ったことを自由に描いてみようというのはダメです。正しい解釈を、子どもと話し合って描かせましょう。

 写真の例では、最後の正岡子規の句ですが、これは、周知のとおり、脊椎カリエスで寝たきりになってしまった子規が、家の者(妹?)に何度も雪がどれくらい積もったか尋ねてしまったというものです。最晩年の子規の句は、彼にとっての世界のすべてであった「病牀六尺」、そこからしか見ることの世界があるんだということを示しえたところに素晴らしさがあります。そこを外してしまって、子どもに勝手に想像させることは正しくありません。

 何よりも大切なのは、書かれたものを読んで、これはどういうことを言っているのだろうとあれこれ想像したり、自分の言葉や絵などで表現する楽しさを味わうことです。楽しくやることが一番大切です。

 なかなかそのような時間が取れない、見ているとついついイライラして厳しくなってしまう、喧嘩になってしまうなどなどがある場合ですが・・・

 大丈夫です。そういう時は国語道場にお任せください<m(__)m>

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