【子育てのヒント】83歳の巨匠が語った「親子の確執」から考える、子どもの人生との距離感
先日、私は「機動戦士Ζガンダムの世界」というオーケストラコンサートに足を運びました。

私はΖ(ゼータ)の楽曲が大好きなので、サントラのCDももちろん持っていますが、今回のコンサートでも取り上げられた交響組曲のCDも昔から持っています。オーケストラスコアが一時行方不明になっていたため、40年ぶりの再演という記念すべき演奏会だったわけです。
作曲者は三枝成彰さん(御年83歳)。演奏会に先立って、プレトークに登壇されました。30年ほど前にはテレビのワイドショーのコメンテーターとしても活躍されていたので、音楽に詳しくない方でもご存じかもしれません。日本で最も成功した作曲家の一人である三枝さんが、ご自身の父親との関係について語られたんですが、それがとても印象的でした。
■ 巨匠の父が抱き続けた「理想」
三枝さんの父親は、実は千葉県にゆかりのある方でした。旧制の県立千葉中学校の卒業生で、そこで初めてグランドピアノを見て作曲家を志したものの、夢を断念。その後、NHKに入局してあの国民的番組『のど自慢』を立ち上げた名物ディレクターとなったそうです。
彼は、自分が叶えられなかった「作曲家になる」という夢を息子の成彰さんに託し、英才教育を施しました。成彰さんは見事その期待に応え、東京藝術大学の作曲科へ進学。誰もが羨む形で父の念願を叶えたのです。
しかし、成彰さんが『Ζガンダム』をはじめ、映画やテレビなどの商業音楽(劇伴)の世界で頭角を現すと、父親はそれを嫌いました。彼が息子に望んでいたのは、ベートーヴェンのような「純粋なクラシック音楽の作曲家」の道だったからです。成彰さんが大河ドラマ『太平記』・大型時代劇『宮本武蔵』などNHKの大きな番組の音楽を手がけても、父親はそれすら全く聴こうとしなかったといいます。
■ 80歳を過ぎても心に残る「棘」
「私の作ったテレビや映画の音楽を、父は一度も聴いてくれませんでした」
そう語る三枝さんの表情には、今なおなんとも言えない悔しさがにじみ出ていました。子どもが80歳を過ぎ、社会的にどれほど大成功を収めていても、親から認められなかったという記憶、そして価値観の対立は、生涯消えない「心の棘(とげ)」として残り続けるものなのだと、胸が締め付けられる思いがしました。
これは少し極端な例かもしれませんが、私たちにとっても決して他人事ではありません。
親であれば誰しも、子どもに「こうなってほしい」「幸せになってほしい」という願いを持つものです。時には、自分が果たせなかった夢を重ねてしまうこともあるでしょう。しかし、子どもの人生は、子ども自身のものです。
親が子どものしていることにあまりにも踏み込み過ぎるのも、大概にするべきだよなぁと思った次第です。

